自分へ


by zaomiao-s
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

カテゴリ:未分類( 11 )

老後の生き方

 昨日は実家へ、やっと母の日のプレゼントを持参致しました。
私の顔を見た途端に日頃のうっぷんが飛び出して、少々辟易。母のマイナス思考がますます発展して、揚句に私のちょっとした強い言葉に涙。私としては心の中でもっと上手くやってくれないかなと思う気持ちが出てしまったのですが、今までは私の言葉などにそんなに悲観して涙することなどありませんでしたが、やはり年老いて気が弱くなり、自分の思い通りにならないもどかしさが家族に対しての不満につながっているようです。
老いては子に従えと申しますが、現実はなかなかそうはいかないようです。頭はまだしっかりしているのですが、やはり視野が狭くなり、広い心を持つことなどまったくできないように見えます。
昨日の結末は結局私が折れて、彼女の言う通りに行動し帰宅して来ました。同居している息子夫婦は今後いろいろと問題を抱えることになりそうですが、私は私で主人の両親との同居で、実家に出向くのはたびたびと言う訳にはいきませんが、できるだけ協力しなくてはと思い直した昨晩でした。で、いろいろ考えてしまい寝不足です。^_^;
[PR]
by zaomiao-s | 2015-06-01 12:01

心ゆたかに

久し振りに読書をしました。テレビドラマ化「半沢直樹」の続編本です。読破してすっきり。
そして、読書の醍醐味を久しぶりに味わった私。目の調子からこれからあまり本は読めないと思っていましたから、なんとなく嬉しさ一杯。眼鏡なしで目を酷使したことで体調を崩しましたが、毎日少しずつと決めて読めば影響は少なく快調です。

ロスジェネの逆襲

池井戸 潤 / ダイヤモンド社


 この本を読破後、もっと読みたくなって今は「海賊とよばれた男」上下百田直樹著を手に取りました。
私の本棚に買っても読まれてなかった本です。読み出したら止まりませんが、先日体調を崩して義兄の整体にお世話になったばかり。バックに入れて持ち歩き、ぼちぼち読むことにしました。

海賊とよばれた男 上

百田 尚樹 / 講談社

海賊とよばれた男 下

百田 尚樹 / 講談社


ちょっと難しそうな歴史経済小説ですが、日本の戦後の経済界が垣間見ることができて読み応えがあります。

さて、先日の私の怒りはその後・・・早90歳を迎えた義母に、腹立たしく思ったところでどうすることもできません。ということで、この頃は義母を義父と同じ病院へデイサービスに通っていると思うことにしました。
健康を害して付き添いの病院通いになることを考えれば今の状態がどんなに良いかしれません。
4往復は本日も決行(笑)ですが、あまり深刻に考えず、元気がなによりと考えことができるようになりました。
 
読書でいろんな世界が垣間見えることで自分の心がゆたかになれることは素晴らしいです。
これからもすべての事に寛大な心を持てるような生活をしていきたいですね。
ヽ(^o^)丿
[PR]
by zaomiao-s | 2013-10-23 11:58

心のコントロール

b0096495_10284624.jpg
久しぶりに腹立たしい気持ちがどっと押し寄せた。それを抑えようとする気持ちとがぶつかり合う。
いくらなんでももう少し考えてほしいものだと相手に対して思うのだが、彼女は自分のことしか考えていないようだ。「悪いけど・・」と笑って平然と言う。「一日位我慢すればよいのに」と思う。そう思いながら自分にも言う。
「一日位我慢すれば」と。
 昨日の事、主人も義理の弟も今日は仕事で義母の送り迎えが出来ない。病院にいる父を見舞いに義母は毎日朝と夕にと二度出かけたい。それならば弁当持参で一日だんな様の傍にいればよいのにと思うのだが、病院では昼寝ができないという理由から朝は主人が送迎し昼は私が送り、夕に義弟が迎える。土日は私が送迎して、昼のみの一度。娘は一度で十分なのではと言う。みんなそう言う。しかし義母はそうはいかない。
主人や義弟が今日のように都合の悪い時は、朝送り、昼迎え、弁当を食べさせて義母の昼寝後2時ごろまた病院に送る。そして夕方また迎えに行く。述べ四度の往復をするのだ。昨日、明日は主人も義弟も都合がつかないからね。と言う言葉に「それじゃあ弁当を持って行くかな」と言った。やれやれと私は心の中で安堵。
しかししかし、今朝出かけるようになって「悪いけど・・・」と言う訳。私は久しぶりに昼間彼女から解放されて畑に弁当持ちで行こうと計画立てていた。それがぎゃふんとつぶされた。といっても言葉がでない。がっかりだ。
月に一回あるかないかの弁当持参、私にかける負担を考えて我慢してくれないかなと思う。「悪いけど・・」と言えば済む問題ではない。こっちの都合なんて全く考えもしないのだから。腹立たしさはしばらく続く。しかしそれでも弁当を持って行きなさい。とは言えない私。結局私が我慢しなければならないのだ。「一日位我慢すれば」と、自分に言い聞かせるのである。そんな風に考えると少し心が穏やかになる。仕方がない、と思う。
弁当持ちで畑に行って気になっていた草刈がぞんぶんにできると喜んでいたのに。残念。私の人生、義父母に若き頃から振り回されて、ここに来て私がすこし主権を握れる年齢になったと思いきや、今度は高齢の義父母には何にも強いことは言えない。一生彼らに仕えることになる。時には放り出して旅に出たい。出よう。
[PR]
by zaomiao-s | 2013-10-07 11:06
 2010年5月26日以来の更新です。ふと我が身を振り返ってみると、少々生活がきちんとできていない気がしてなりません。そこで、先日購入したのが「幸せが舞い込むゆる片づけの本」です。松永修岳著です。私は風水にはまったく興味は有りませんが、身の周りを整理整頓することで、心身ともに気持ちがすっきりし、生活環境が良くなることで毎日の生活が豊かになることを目指そうと思うのです。春を迎え、いよいよ畑の野菜作りも本格化し、自営の決算月ということもあり、やるべきことを順序良く、効率よく、合理的にしなくてはと思いつつできない毎日。そんな毎日をここに記すことで一念発起しなくてはいけません。昨年還暦を迎えていよいよ人生も終盤、毎日充実したものにし、健康で楽しく過ごすことに努力しましょう。と、自分へ話しかけている今日の私。この思いを忘れないために久しぶりの日記となりました。
c0134501_11315762.jpg

万治の石仏・・・2月14日 諏訪大社に参拝
[PR]
by zaomiao-s | 2013-03-14 11:32

その後

 昨年の12月に高熱を出して入院した義父、暮れの28日に退院して大晦日には兄弟家族13名が一同に会しました。我が家では毎年、暮れと元旦まで一緒に過ごします。大勢の食事の支度は大変ですが、片付けなどは大きくなった娘や姪達がお手伝いしてくれ、近年はとても楽になりました。
 そんな中、義父は元旦の夜にまた発熱し、結局再度入院することに、その後は熱の上下が続き、結局他の病院へ転院、熱が落ち着いたと思った矢先、また発熱、今度は院内感染による肺炎でした。
 食事も喉の通りが悪くなり、むせて誤飲することもしばしば、結局、管を鼻から入れての食事となっています。義母は生姜のシップが良いと、蒸しタオルにして持参し、暖める間、手先を指圧、彼女はいろんなお医者様の書籍からあれこれと良いことはやりたいという行動派、しかし周りの協力なくしてはできることではありません。 
すこし遠い病院ですが、私達夫婦、カイロプラテックの免許を持っている主人の弟、時にはもう一人の弟や娘などが交代で朝と夕に二度通っています。毎日のように家族が病院に出向いている入院患者さんは、他にはめったにいません。本当に義父母は幸せ者だと思います。
嫁の私は、自分の父の介護を殆どできないで、亡くなった後にはもうすこし世話をしてあげればよかったと後悔の念がよぎります。主人には「後悔という思いを後で抱かないように今出来ることを精一杯してあげりんよ」と話しています。その後は主人も全面的に協力してくれ、私は本当に助かっています。義父にしてみれば、嫁の私の顔を見るより、妻や息子、孫達の顔を見るほうが嬉しいに違いありません。
一日殆ど寝てばかりいる父、自分から喋ることはありません。皆の問いかけにたいしてなんとか一言返ってくるかどうかです。すでに筋肉は落ち、体力はありません。自分から欲する行動は一切なく、リハビリも進んでいません。年齢がすでに90歳に近い高齢ですので、やむをえないのですが、せめてもうすこしリハビリを多くしてもらったら脳に刺激がいき、もうすこし目を開いて皆の顔を見て会話ができればと願っています。

 義父を看ながら、自分の老後は・・と考える時があります。できれば義父のような認知症にはならずに最後までしっかりした精神面を持ちたいと思います。それには今からその気構えが大切かと。
[PR]
by zaomiao-s | 2010-05-26 11:06

蕗のトウ

蕗のトウのことを中国語では
蜂斗叶的花梗と言うそうです。fēngdòuyè de huāgěng

私は天婦羅にするのが一番好きです。他に蕗味噌も良いですね。ヽ(^。^)ノ
いよいよ春ですね~\(*^_^*)/
c0134501_038362.jpg

[PR]
by zaomiao-s | 2010-02-21 00:38
 最近つくづく思うことがある。主人に対して、娘に対して、何事かを期待したり、頼ったりすることがあります。実際に言葉にして彼らに頼むという意味ではありません。要するに、自分の心の中で、つい期待している部分があるのです。高齢の義父母を看る立場として、私の心のどこかにその重責から逃れたいという思いがあるからに違いありません。そんな期待感を抱く時、それが期待通りにならないと腹立たしいような思いにかられます。つまり私自身が心の中で一人相撲をしているわけなのですね。そんな自分を感じる時、嫌な気持ちになります。そして期待する自分が悪い、これからは頼らないことにしよう。と自分に言い聞かせます。義父母の介護にしても、毎日の仕事にしても、弱音を吐いてはいけません。今まで、自分ひとりで抱えることはしないと考えて来ました。しかし、周りの人達に期待をかけることは、その分その人達の行動がいちいち気にかかり、頼りに成らないと結果嫌な思いをすることになります。そんなことならば、始めから期待してはいけないのです。期待しないで自分で思うように行動するほうがストレスがたまらないことを最近身に持って実感しているからです。たぶん身体的に健康な義父母達は百歳近く、いえ以上に長生きすることでしょう。いろんなサービスを利用することで、上手な介護を心がけて行きたいと思う今日此の頃の私です。
[PR]
by zaomiao-s | 2010-02-16 23:17

健康

 最近尿の様子が少々変である。
少々太り気味が気になってもいた。
尿蛋白か、それとも尿糖か?どちらかに違いないのだが、病院へ行く気にはなれない。
ご飯は美味しく、体調もまあまあなのだ。ネットで腎臓と糖尿の病気について検索した。
怪しい?と思う点も充分ある。
そこで、食事、間食について充分きをつけなければと考える。
しかし、なかなか実行は難しい。食事のメニューを日記に書き始めたが、恥ずかしながら
時々書けないでいる。思い出し日記のようになってもいるが、それでも書こうという気は失っていないことが救いである。
更年期に入り、生活習慣病には注意が必要だ。
自分でなんとか尿を改善するぞ、という気持ちで食生活を気をつけ、そして運動不足にならないためにも畑仕事など毎日体を動かして頑張ろうと思う。

お陰で今のところ疲労感はあまり感じなく仕事ができる。
それは本当に幸せなことである。当たり前のように考えていたことが、最近はそう思えるようになった。義父の介護にも家族総出で協力してくれる。本当にありがたい。
私自身も健康に気をつけて周囲の人達、家族に迷惑のかからないように努力しなくてはと
最近つくづく思うのである。その自覚を忘れないためにもここに書いてみた。
[PR]
by zaomiao-s | 2009-01-19 12:54

最近非常累了。

三月五日と六日に眩暈からダウンして以来、気を付けてはいたのですが、昨日夕方から、眩暈はありませんでしたが、頭痛から発熱の症状で夕食もとらずに就寝しました。

 ここに来て体力がどっと落ち、疲れやすくなってきている自分の体が情け無くなります。
五十半ばに来ていよいよ私の体も更年期に入ってしまいました。更年期は通り過ぎたと思っていましたが、あれは精神的なものでここに来て肉体的な更年期に入ってしまったようです。
自覚は無いのにある日突然の眩暈や頭痛が・・・。畑、仕事、介護、趣味といろいろやり過ぎているのかもしれませんが、しかし、この程度の労働で疲労が溜まったのでは先が思いやられます。目から来るものではと言われてそうかもしれないと、いつも車の運転時のみのメガネを常にかけることにしました。パソコンも本も無理して視ていたのに違いありません。とにかく目の痛さや渇きも感じますので、まずは常時メガネをかけることにしました。
これで様子を見て、それでも解消できなければ眼科へ一度行こうとおもっています。
 
 何事も健康第一、健康でなければ何もできません。。時には体を労わるマッサージとかお風呂とかで無理のきかない体を上手にコントロールして休み休みしながらやるしかありませんね。
[PR]
by zaomiao-s | 2008-03-24 09:15

ストレス

今夜は義父の付き添いの日である。
最近、四日目に来るこの日を考えると「嫌だなあ~」という気持ちが頭をもたげる。
誠心誠意の気持ちで対応しても時々それがあだとなり返って来るからです。老化で能が萎縮しているから時々子供に返ってわがままを言い出す彼、自分の世界に入り込んで、訳の分からないことを言い出す彼、素直にトイレをしない彼、思うようにならないと直ぐ怒り出す彼、そんな時はあの手この手で彼をおだてて言葉を選んで使う。
トイレも自分で上手にできないので、介助するのだが、スムーズに行く時はほっと安堵するが、素直に応じてくれない時はトイレで無い場所で・・あるいはトイレの中でも外へ・・・前回もそうであった。間に合わなくて・・・一生懸命なんとかして僅か三メートル先のトイレに連れていくのだが・・・上手くいかなかった。
便器の床を拭きながら涙が出て来た。特に私の番の時が一番うまくやってくれない気がする。気のせいかもしれないが、それでもそんなふうに考えるとやはり血の繋がらない嫁の私では駄目なのかなあと考え込み、悲しくなる。これが一番のストレスである。

 夜中は特にトイレへの方向音痴で手をつないでトイレに引っ張って行くのだが足元がスムーズに運ばない時もある。日増しにますます足取りがおぼつかなくなってきた。用心に紙パンツをはいているのだが、長年の習性はなかなか直らないのでどうしても外に・・・・
歳をとるということはこういうことなのだが、自分の老後を思うとき、ぜひとも下に関しては正常であってほしいと願うばかりである。

毎日両親と付き添いの人の布団を敷く。年寄りの母には重い布団は運ばせないようにしている。しかし、最近私も腰に来るようになってしまった。気をつけないと・・まだまだ先は長いのだから。
いよいよ介護の日々がやって来た。まだ義母が元気なので良いが、それでもいつまでもそうはいかない。
しかし、自分の人生も大事にしたい。元気な彼らに振り回されて来たこの三十年、今度は介護で振り回されることになる。せめて時間の許す限り個人の楽しみを持ちたいものである。出来るうちに、すこしでも若いうちに良い思いをしないでどうするの?いつも自分のことは後回しにして来たことをこの先後悔しないように。両立は難しいかもしれないが、時には幸せな時間が無くては続くはずは無い。気持ちも荒んで行くだろうし。

ここで「嫌だなあ~」という気持ちを整理するために書いてみました。
この先、こういう思いがなるべく心を占領しないように。
気楽な軽い気持ちで介護ができるように。
本来ならば自分の父にもこんな介護をしてあげることができたらよかったのにと・・・・・そんな思いも余計心をふさぐ一因でもあることに気づきながら・・・。
[PR]
by zaomiao-s | 2007-11-26 13:54